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相模国の佐奈田村から安房国の三原郷へ ご先祖は領土拡大と「海」を手に入れた [中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]

房総の眞田は、元は相模国の佐奈田村を発祥とする豪族(土豪・小豪族)で、
西暦1175~1180年より前に安房国に渡り、
以降、三原川流域を新たな領地として房総南部に土着しました
この時の佐奈田の当主は、眞田源吾さん(佐奈田源吾)と言われています
私達の一族としては、非常に大きな決断をされた大切な先代です

同スケールで昔ながらの領地である「佐奈田村」と、新たな領地である「三原郷」を比較すると、
先祖伝来の土地を、岡崎家の岡崎義忠さん(佐奈田与一)に明け渡しても尚、
その移る決断をされた理由のひとつがなんとなく見えてきます

sanada-kiseki1175.jpg

旧来の先祖伝来の領地である佐奈田村に比べ、
新たな領地となった三原郷の面積は桁違いに違います
単純目視で10倍以上!
そして勢力範囲、ようは顔の効く範囲(w)は、面積だけで実に30倍ぐらいあるんじゃないでしょうかね
まぁ広くなったのはいいけど、相模国に比べたら、まだまだ開墾が必要でしたでしょうし、
敵側勢力(伊勢平氏側の長狭氏)との最前線だったというオチがあるワケですけどね
・・・まーそれはひとまず置いといて(;´∀`)
何より三原郷は海と隣接しています!
当時の東海道は、相模国から先は安房→上総へと船で渡る「東海道」がありました
また、房総半島に沿って物流を移動させる「海の東海道」もあったと聞きます
つまりこの地域は港での物流交易が当然のごとく盛んであり、
更に色んな「アガリ(マージン)」も手に入ったことでしょうねw
海があるということは凄いことです
しかもそれは「海の東海道」!
現代に当てはめて考えると、東名高速のインターチェンジか、
もしくはここに東海道本線が敷かれており、駅が近くにあるような感じでしょうか?
んーさすがにこの三原郷は、そのルート上にあったとしても、小さい駅レベルでしょうけどw
何にせよ海があるということは、単に魚介類が豊富に獲れるとか、
そういったレベルをはるかに超えた富をもたらします
(余談ですが、海のルートで都に近い順に「安房」「上総」「下総」となっております)

ま~決して華やかではないけれど、そんなご先祖さん達のお陰で、
細々とですが途切れることなく、今の時代までも自分らが元気に生きてこられている、と(゚∀゚)
ご先祖さん、本当にありがとうございます!

【関連日記】
三浦党 房総眞田氏、郷土史などに出てくる先人達の名
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中世から近世、小豪族のウチ「房総 佐奈田/眞田」先祖達の生き残りの歴史
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房総の眞田一族にも六文銭を家紋に使う家系があります
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【雑談所】やる夫が真田家に生まれたようです 雑談所その10 【2ちゃんねる より抜粋】
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[中世の豪族 房総 眞田氏(佐奈田)]カテゴリ一覧
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