親孝行な麻生利器(あそうりき) 大多喜町の昔ばなし [房総半島 外房 大多喜町]
そのついでで、色々地域の伝承ごとの場所を回ってきました
で、これはそのひとつ、
南総・外房エリアに属する町「大多喜町」で、親孝行な「麻生利器さん」のお墓です
麻生利器さんの人生は、今も町の人に語り伝えられているそうです
以下、地域の伝承をまとめた書籍から抜粋しました
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おしまい
妙福寺
千葉県夷隅郡大多喜町新丁125
大多喜町の戦前・戦中の写真(´・ω・`) [房総半島 外房 大多喜町]
あー、最近は大人気の朝のNHKドラマ「ごちそうさん」でも、第二次世界大戦の時代に突入してますね
探してみたら、ウチにもその時代の写真がワサワサありました
千葉県の房総半島南部(南総)の町である大多喜や、その周辺のモノです
まぁ整理がてら、それら画像の中の一部をUPしときます
これは明治後期の清澄山系での、学生の行軍の写真かと・・
「行軍」とは、今でいう遠足ですね
大多喜町の昭和10年頃の風景、この時代、アスファルトの道なんてありゃーしません(゚Д゚)
場所は多分ですが、上原辺りなんじゃないかと
昭和11年 大多喜小学校 前校舎新築落成の際の記念撮影と思われるもの
当時、小学校一年生の叔父さんが写っている写真
大多喜小学校の裏手か、大多喜町 船子の辺りと思われる小学生の集合写真
背後に木原線(現いすみ鉄道)の線路が見えます、みんな見事に坊主頭ですね(^ω^)
当時(戦前)の警察官
「勤労報國」という旗をかかげ、パルプなどを作る勤労奉仕に参加している集団の写真と思われます
なにせ解説の手書きの文字が、昔の筆跡で、今の時代の私らにははっきりと解読できず・・(;´∀`)
大多喜高女(高等女学校)四年生による、老川地区での炭運びの様子 やはり勤労奉仕だと思われます
同じく大多喜高等女学校の勤労奉仕の様子
竹槍訓練の様子ですね、画像はむっちゃ良くないです、これでも復旧させたほう(´・ω・`)
これも竹槍訓練の様子、これも画像がよくないですね(´・ω・`)
学徒動員ですね
/)`;ω;´)
大多喜二八市(にっぱちいち)とレンゲ祭り そして圏央道は高いだけだった( ;∀;) [房総半島 外房 大多喜町]
昨日は実家に顔を出すついでに、
大多喜町で行われる3年ぶりの「レンゲ祭り」を見るため、
そしてこの前、たけのこ大人買いをした「大多喜カエムたけのこ園」で、
今度は普通に野菜だけを買ってこうと思い、まぁまずは大多喜の街ナカに・・・
そしたら、とんかつ亭有家の前、つまり蕎麦屋のくらやで、なんか団体様が踊ってました
出店もあります
後で知ったんですが、大多喜二八市(にっぱちいち)というのが開催されていたようです
ちょっと車を脇に停めて降りてみようかとも思ったんですが人通りもあり、
ゆっくり車で通過するのみになってしまいましたが、、
なんでも「名物 たけのころっけ」というのがあるようで、
この次は狙って行ってみようと思います( ;∀;)
そして大多喜レンゲ祭り会場へ・・・
そもそも先に大多喜町の街ナカを通過して、
三又のカエム農園でトマトやらサトイモやらの新鮮野菜を買い込んできてしまいまして、
買い物を終え、そしてようやく逆方向の下大多喜の会場に着いたのは午後4時前・・・
もうお祭り終わってましたわ(´・ω・`)
なんでも午後3時で終了だったということで、残念至極(´;ω;`)
まぁプラス思考で考えれば、誰もいなくなったレンゲ畑を独占状態で眺められたので、
これはこれで良かったのかな、とw
そもそもこんなに遅れた原因とは、この日の午前、京葉道路で5台を巻き込んだ衝突事故があったようで、
そのため高速が一時通行不能になっており、
その余波もあり京葉道がエラい勢いで混んでおりまして(;´∀`)
で、新しく出来た圏央道で市原鶴舞インターまで行ってしまえば、多少早くなるんではないかと思い、
急遽東金有料道路経由で、さっそく圏央道を使ってみましたが、
結果からいうと、京葉道路の市原ICで降りて下道使って大多喜を目指すのと時間的に全く変わらずという始末でしてww
まー結局大多喜に着くのは今までになく時間を喰ってしまいましたとさ(´・ω・`)
あー圏央道ですが、東京東部or北部方面から鶴舞インターを目指す場合、
休日割引とETC割引で、湾岸市川から鶴舞まで1,300円、京葉道市川からは1,250円(帰り道で使用)と、
どっちのルートでも片道450円も高くなる割には、走行距離で15~20kmも余計に走らされ、ホント時間差がないです
素直に市原ICで降りた方がお得だったわな~、
まぁいい経験したからいっか('∀`)
ただ、横浜方面からアクアラインを使って大多喜にくる場合などは、
圏央道は非常に利便性があると思いますわ
山脈(やまなみ)はるか-小さな学校の物語- 大多喜町立老川小学校のお話を読んだ( ;∀;) [房総半島 外房 大多喜町]
少子化のため、この3月に廃校になった、大多喜町立老川小学校の、ありし日々のお話
大自然に囲まれた木造校舎、50人にも満たない児童
どことなく懐かしい雰囲気漂う「小学校」が、そして「先生と生徒」のふれあいが、そこにありました
おまけに辺りは信じられないような大自然!
イノシシやシカ、猿は出るわ、校長室には勝手に野鳥が侵入するわw
巨大な蛇などは頼んでもいないのに学校に勝手に登校してくるわww
本著の中でも語られていますが、
その日常はまるで宮沢賢治の「風の又三郎」の世界です!
BGMは常に井上 陽水の「少年時代(※)」でしょう!!
こんな「昔の日本映画」の中にしかなかったと思われていた日常が、
・・・で、読み終わって感想、
なんというか、
とーっても暖かい本です つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
それ以上の賛美の言葉が
自分には思い浮かばん(´;ω;`)
「南房総」「大多喜」には、
日本の「懐かしい」や「やさしさ」が
現在進行形でいっぱい詰まってるなぁ・・・
著者は、この地域で長年教師を勤め、老川小学校の校長をされていた齊藤弥四郎氏、
文章は、その校長先生の日々の日記、手記のような文面で綴られています
夷隅民話の会発行、定価1,000円
本の体裁は、NPO法人らしい夷隅民話の会が、その多くはないであろう予算で出版しているもののようで、
一色刷りであり、すごくシンプルで質素な形態ですが、
その内容は、昨今の商業主義的なメディアとは一線を引き、著者達のナマの声が聞こえてくるような
非常に心のこもった一冊かと思いました
一般の流通では出回ってないけど、
大多喜町の観光関連施設や、夷隅民話の会公式blogで問い合わせたら多分手に入るかも・・・
(´・ω・`)つ 老川小学校のGoogle画像検索結果
(´ω`)つ 夷隅民話の会 公式blog
オマケ(・∀・)つ ※井上陽水「少年時代」(しょっぱな広告が出る場合があります)
大多喜町立 老川小学校(現在は廃校)
大きな地図で見る
笠森観音さんの帰りに、大多喜町にも寄ってきました(´∀`) [房総半島 外房 大多喜町]
大多喜町にも寄ってきました
大多喜町は最近、下記の「いすみ鉄道」がそれなりに知られてます
まぁ昔のキハをレストアするなりして走らせている鉄道で、観光鉄道を目指しているとのことです
しかし去年まで散々テレビに出すぎちゃった感がありますね~
ちょっと個人的にはこればかりで飽きた(´・ω・`)
でもこれらキハが現役で走っていた時代に多感な時期を過ごした、
所謂「団塊の世代」の人達にはそれなりにウケがいいようで、
彼らがリタイアするまではそんな人々のハートをゲットし続けられるんではないかな?
でもそんな団塊の世代の人々もあと5~10年で70代になっちゃうでしょうし、
そしたら遠出なんてしてくれなくなるだろうしな、
それ以降はどーすんのかな?
もっと若い世代向けに初代新幹線とか走ってくれたら面白いかもだけど、
ここは非電化路線だし駅のホームも短いんで、まぁ無理かな
大多喜町のディープな面白さとは、その街並みや暮らしの中の懐かしい風習、
そしてこの風土・地勢にこそあると思うんですよね~(´∀`)
ここは戦国時代辺りから上総の国の拠点となった街、そこかしこに古いものがゴロゴロと・・・w
ちなみに上総の国の大多喜でこれだけ古くてワクワクするモノがそこかしこに溢れています
もう少し南に行けば、もっとゴロゴロ古いモノが転がっていますよw
房総半島は、南に行くほど歴史の痕跡が現在までフツーに生き残ってますです(´∀`)
(自分の縁のある範囲だけかな?)