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大多喜カエムたけのこ園 2022年も白いタケノコ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! [房総グルメ 料理 食]

2022年も伝説のタケノコ、大多喜町『カエムたけのこ園』の白いタケノコが今年も我が家に
キタキタキタキタキタ━━━(゚∀゚)━━━!
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大多喜町の川畑、平沢、弓木地区のタケノコは、その土壌の質のお陰でアクが極端に少なく、そのまま切って刺身でも食べれるもので、その中でも川畑と平沢にタケノコ山を持つカエム農園さんのタケノコは、さらにアクがなく真っ白でムチャクチャ柔らかい・・、アク抜きをする必要がないので、繊細なタケノコの風味をこれ以上ないってぐらい存分に味わえるものなのです!
なにより地方新聞の記者だったグルメな我が父が、このカエムさんのタケノコにとことん惚れ込んでおりまして、この季節になるとカエムさんのタケノコを取材しまくってました。確かそれが一つの切っ掛けで大多喜町のタケノコが広く有名になったとか地域の関係者に伺ったことがあります。挙句他所のタケノコ園から『なんでカエムのところばかりなんだ、ウチも取材して』とクレーム、というか強い要望が来る始末w、そんな父曰く『他所のももちろん旨いけど、カエムのタケノコが大多喜では一番旨い!』と、、(はっきり言い切った!)
そして私は、戦中に食べ物で苦労した我が父の、その食に対する飽くなき欲求、そして洗練された舌を今も信じておりまして、自分で家庭を持ってからも大多喜のタケノコといったら、亡き父の遺志を継ぎ『カエムたけのこ園』一筋なのでございます。
今年はカエムさんのタケノコを送ってもらったけど、年明けてからまだカエムのご主人スエヨシのおじさんに会えてないなぁ、、久しぶりに伺って美味しいトマトや玉ねぎでも買いに行こうかな。
まー父も亡くなって久しいですし、父から当時聞いたカエムさんへの熱い想いをサラッと暴露してみました、さぁー今夜はカエム農園のタケノコの味噌汁にタケノコご飯のオニギリ作るぞぉ!
\( 'ω')/
大多喜カエムたけのこ園さん
今年もありがとうございます!(-人-)

【Blog内の、大多喜カエムたけのこ園 関連日記】
大多喜カエムたけのこ園 2022年も白いタケノコ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
大多喜カエムたけのこ園 コロナ禍を越えて2021年もウマカッターー!(゚∀゚)=3
大多喜カエムたけのこ園 2019年は家族でタケノコの山にイッターー!(゚∀゚)=3
たけのこオニギリ、たけのこ味噌汁 しかしやっぱり味噌汁ぶっかけ飯が『 最(゚∀゚)高! 』
【大多喜たけのこレジェンド】大多喜カエムたけのこ園のタケノコ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
タケノコ味噌汁ぶっかけご飯という至福( ´ー`)フゥー、今年のタケノコシーズンそろそろ終焉
大多喜のタケノコで2017年もタケノコ三昧(^q^)大多喜カエムたけのこ園
大多喜カエムたけのこ園 ここは大多喜タケノコの真のレジェンド(伝説)
大多喜産の旨い米 大多喜カエムたけのこ園(カエム農園)
2016年も伝説の大多喜たけのこ「大多喜カエムたけのこ園」タケノコご飯、タケノコ味噌汁
大多喜 カエム農園のお米と、真竹のタケノコ
2015年も「大多喜カエムたけのこ園」で、伝説の大多喜たけのこをGET!
2014年 そろそろシーズン終盤 大多喜タケノコづくし(・´з`・)
大多喜町のたけのこ、アクがないんで料理簡単ヽ(=´▽`=)ノ
大多喜たけのこカレー(きのこ入り)
房州寿司(風)お手製寿司と、ワラビの煮物、たけのこのおみおつけ(´∀`) 昨夜の夕飯
大多喜たけのこ にぎぃめし(´∀`)
たけのこご飯 たけのこ味噌汁 たけのこ煮物、大多喜たけのこ三昧 そしてたけのこ保存法
関東一旨い大多喜のたけのこ(゚∀゚)=3、大多喜カエムたけのこ園
大多喜 タケノコ ふたたび・・・( ー`дー´)キリッ
大多喜 タケノコ そして蕎麦 (・∀・)ノシ
大多喜町産タケノコ料理 タケノコご飯、タケノコ味噌汁、タケノコ煮物


大多喜カエムたけのこ園 (おおたき かえむ たけのこえん)【販売所】
住所:〒298-0252 千葉県夷隅郡大多喜町三又851 TEL:0470-84-0344

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従弟の浩二が亡くなって、昨日でちょうど一年が経ちました [フツーに日記]

もう一人の弟とさえ思っていた従弟が死んで昨日でちょうど一年、この一年の間、またヤツからメシにでも誘う電話でもかかってくるんじゃないかと思ってましたが、、
遺体安置所でも棺桶の中でもフフッて薄く笑った顔してたんで、ひょっとしたら浩二の死は全て嘘じゃないかと思ってたところもあったんですよ、今だったら許してやるから白状してとっとと飯でも誘いに来やがれくださいと思ってましたが、やっぱりヤツは死んじゃってたようです。。
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思い出すのは、ヤツが死んだ日、あの日は従弟の事が気になってまして、そして夜、寝るときに瞼を閉じると何故か男が二人話す声がどこからか終始『…ゴニョゴニョ、ゴニョゴニョ。。』と、、
深夜ですし周りの家の声も聞こえてこない三階に寝室があるので『不思議だなぁ、また何か来たかな?』と思いながらその日は眠ったんですが、、
翌朝、浩二の母の叔母から朝イチで連絡がきまして、何でも夜中に警察からの身元確認の連絡がきたけど朝になるのを待って私に連絡をくれたということでした
前の日、ヤツの事が気になりだしたのは事故ったといわれる時間帯で、夜中の誰かのゴニョゴニョ声は、多分ですが浩二と、既に他界していた浩二の父の叔父か、もしくは亡くなったウチの弟と浩二が一緒に知らせに来たのかなぁと考えました、死んだ弟と浩二は仲が良かったんです
しかし、一年経ちましたねぇ、、ついこの前のことのようです。。
ヤツの母方は明治天皇の近衛兵を出した家柄ですし、そのDNAか大きな単車も小さく見えるほど体格が異様にいいヤツで、どんな単車でもねじ伏せられるとも思ってましたが、交通事故であっけなく世を去りました
デカい図体のわりには性根の優しい男だったので、大かたスピード出してコーナー攻めている際に鹿などが飛び出してきて、咄嗟に避けようとして単車ごと宙に舞っちゃったんじゃないかと、、
稀代の名馬GSXR1000R逆輸入車、その駿馬に跨って、まさに討ち死にみたいな感じですね
いやいや残念至極、世の無情を思います
この一年、浩二だけが知るお友達への連絡のため、Facebookでさんざん派手に告知しまくったけど、まだ浩二の死を知らないお友達のためにも、ここに実名のタグをつけてUPしておきます、私は目的達成のためにはたとえ死者への冒涜と言われようとも手段は選びません(キリッ ・・どうか気付いてやってください。
浩二よ、私が君の分も長生きして、そしてこの世でのお勤めが終わってソッチに行った際には、ぜひ向こうで何か美味しいものでもおごってくれたまえ、
宜しく!お疲れさん!
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私が学生の頃、ありがちな貧乏旅行を北アメリカでやった時の話です。【転載】 [時事ネタ 面白いモノなど]

私が学生の頃、ありがちな貧乏旅行を北アメリカでやった時の話です。
半ば暇つぶしに近い旅行で、帰国したときに話の種になればいい位の気持ちで西海岸からカナダに入ったときに、金が尽きた。
仕方が無いので、日本料理屋を見つけて働かせてくれないか?と言っては見た物の人手がいるはずも無く、断られた。これまた仕方が無い。近くの公園で野宿をしようと決め込んだときに、件の日本料理屋のオーナーが、声をかけて来た。
「仕事は無いが、家に空き部屋があるから泊まりなさい」という。
有り難く受けた。次の日、出入り業者の配達の助手の仕事を見つけてくれた。一ヶ月ほどで去ろうと思っていたのだが、オーナーの子供(8歳)と仲良くなり、去りがたく半年近くも世話になった。
家族の様に接してくれて、半端な若造の私を街に溶け込む様にと、ボランティアにも連れて行ってくれた。(これが本当によかった)
明日は、いよいよ別れると言う最後の晩に、知り合った人たちを招いてささやかなパーティーまで開いてくれた。そのパーティーが終わった後に、オーナー夫婦と話をした。自分がこの旅行を軽い気持ちでしていた事、オーナーや街の人たちに甘えて来た事を恥ずかしいと思っている事など。裕福でもない自分が、またこの街に訪れる事もないであろうこと。そして一番気になっている事は、この受けた恩をどう返したらよいのだろうかという事でした。そうするとオーナーは言いました。「私も若い頃にドイツでとても世話になったことがあるんだ。君と同じ様にお礼がしたいと思った。その事を相手に伝えた時に、言われた言葉がある。私はそれに従っているだけだ。」と。
それは「君が受けた恩は返す物ではなく、譲り渡すものなんだよ」ということでした。旅人はとどまる人間ではなく、通り過ぎて行く人間だ。だから恩を受けたと思うなら、その恩を他の人に受け渡しなさい。というものでした。
私は、そのとき気づいたんです。人が生きて行く事も旅だとすれば、他人への親切は、やはり旅人への親切と同じなんだと。オーナーが世話になったドイツ人は、オーナーにそれを伝え、オーナーはそれを私に伝えた。私もそうする事で誰かがまたそれを伝える。そうでなくても、優しくされた事のある人間は、絶対他人にも、優しくできるはずだと思う。
ここのスレに書かれている事、日常の小さな事だけどそれが少しづつ受け渡されて行けば、世の中捨てたもんじゃないと思えますよね。

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【紅しょうが丼】紅しょうが山盛り牛丼のススメ【赤富士牛丼】 [牛丼 牛丼屋いろいろ]

皆さん牛丼はお好きですか?私はもうすぐ55歳ですが、この歳になっても牛丼は大好きで、一人で外食をする際は今でもよく牛丼屋さんに行きます。私自身が一人暮らしが長かったせいか、牛丼屋さんは立ち食いそばと同様に若いころから人一倍慣れ親しんできましたし、故に馴染み深く思い入れもひとしお、多分この先も死ぬまでずっと食べ続けていけるものだろうなと思っております。私が死んだ際は、仏前に蕎麦と一緒に牛丼を並べてくれたら迷わず成仏できそう、、牛丼とは、私にとってそれほどまでにPriorityが高い食べ物の一つなのであります。
しかしその牛丼、昨今では『底辺メシ』『貧乏くさい』、さらには『牛丼屋で高いお金を出すヤツは阿呆だ』と散々な言われようです。私は牛丼屋さんで(時々ですが)並を2~3杯、そして牛すき鍋やウナギ、牛丼キングなどの高額メニューも食べるので案外1,000円越えちゃったりすることがありますが、それが阿呆なのか?駄目なのか?・・酷いなぁ~、いいじゃないか個人が好きで食べてるんだし、、まぁー私はいいけど、そんなこという君らには漏れなく牛丼の神様のバチが当たるぞ、まずは牛丼さんに謝れ!ってなモンです。
そして最近、同じぐらい牛丼の話題で気になるのは、今回のblogネタである赤富士牛丼、いわゆる『紅しょうが丼』と云われているものについてです。実は私はこの食べ方が大好きなんですが、これも最近お笑い番組で芸人さん達に随分と罵倒されたようです。
・・やれやれ、私は残念で仕方ありません ┐(´д`)┌ヤレヤレ
売れない時分、散々牛丼にお世話になったであろう芸人さん達も、きっとこの紅しょうが丼でワシワシお腹を満たしたことと思います、しかし有名になってお金が儲かるようになった途端に君たちはその牛丼を見下すのか、紅しょうが丼を罵倒するのか?と・・、確かに人は変わっていくものです、それは人生経験からくる『成長』といえるものですし勿論否定いたしません、ですが若い頃の恩を仇で返す様な、そんな人間には私はなりたくはありません。
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・・と、まぁーここまで過度に擁護したくなるぐらい、本当にこの紅しょうが丼は旨いのですw
牛丼の並には、私は大体カウンターに置かれた紅生姜を山盛りにして食べます。『タダのものをあれだけ載せて食べて卑しい』というご意見もありますが、牛丼屋さん側はそうやって食べられることも十分考えられた上で店内カウンターに設置しているのでしょう、そもそもが想定内のことだと思います。この先、例え現在無料の紅生姜が別料金になったとしても、もしくは常に無料だったテーブル上の紅生姜が撤去され、代わりに新メニューとして『紅しょうが丼』がこの先出現するようになったとしても、私は迷うことなくその紅しょうが丼をいただきたく思います。
それぐらい美味しいのです!紅生姜が無料だから大量に載せているのではないのです!
(でも紅生姜が有料になったら載せる量はきっと減る)

まーなにより『食べてみれば分かる』おいしさってところでしょうか、食べなきゃあなたは気付けないままにその一生を終えることになるでしょう、それはあなたの人生にとって大いなる損失かもしれません。

因みに以下は牛丼大手3社の紅しょうが丼、それぞれの牛丼の違いが分かるように全て並、紅生姜は5トングです。私は七味はかけず、常に紅生姜ストレートでいただきます。
※1トング=紅生姜のトング一摘まみ分

【吉野家】
吉野家の牛丼は美味しいですね、流石大御所といった様相ですが、その紅生姜はかなり塩っ辛いもので、紅しょうが丼にはいささか向いていないように思いました。精々1~2トングを丼の隅に置き、口直しとして使うのがお薦めです。・・ひょっとしたらこの紅生姜の塩っ気の強さは、私のような紅しょうが丼派を寄せ付けないために計算し尽くされたステルス的な戦術なのかもしれません(それはないな)。
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牛丼 並 426円(税込)
紅生姜 プライスレス

【すき家】
すき家の紅しょうがは、まさに紅しょうが丼にしてくれと言わんばかりに牛丼にピッタリの紅生姜です!酸味が何より心地いい!この味は、濃いめで味がとても染みこんだ薄い牛肉と非常に合いますね、紅しょうが丼ビギナーだけではなく、様々な年代の老若男女に広くお薦めできる紅しょうが丼がいただけます。
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牛丼 並 400円(税込)
紅生姜 プライスレス

【松屋】
松屋はつい先ごろ国内の価格が統一され、さらに味が変わりました、とっても美味しくなったんです!吉野家と肩を並べられる味になったといえばイメージが伝わりやすいかな。さらに松屋の紅生姜は、すき家より少々塩っ気がありますがさわやかな酸味もあり、そして吉野家ほどに塩っぽくありません、まさにこの生まれ変わった牛めし(牛丼)に非常によく合うのです!牛丼御三家の中では、現在何気に松屋押しです!
・・とはいえ、松屋は吉野家やすき家に比べ大体いつもツユ抜き気味、ご飯に牛肉と玉ねぎの味が全く染み込んでいません、これならご飯と牛皿それぞれ別々の方がいいよなぁ、この状況を是正しようと逆にツユダクで頼むと今度はツユが多すぎてベチャベチャで出されちゃうんだよなぁ、、松屋さん、せめて他の二社と同じぐらいのツユの量でお願いします。
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牛めし 並 380円(税込)※味噌汁つき
紅生姜 プライスレス

ここまでグダグダ書き連ねましたが・・、紅しょうが丼、ぜひ一度お試しいただけたら幸いでありますw
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【干しそば】駄そばで年越しそば コロッケそば から揚げそば メンチカツそば ハンバーグそば [干しそば 生そば 干しうどん 素麺 カップそば]

今年ももう終わり、年末といえば年越しそばですね。
いつの頃からか、日本では大晦日に蕎麦をいただく風習が起こり、それが21世紀の現在までも続いています。今年は、干しそばで家族みんなで年越しそばなんて如何でしょう、
きっと、ほっこり楽しいと思います(*´ω`)

実は私は昔からそばが好きで、もっというと立ち食いそばや駅そば、所謂『駄そば』と揶揄されるそばが大好きでして、会社員をしていた頃は、行く先々でよくこの駄そばを探して食べては喜んでおりました。しかし今を去ること5年前の2016年に、私が通っていた会社が、後継者問題が拗れ会社解散となり、その結果、私は会社都合の解雇を喰らいまして、仕方なく(?)独立起業し法人を興して今に至るわけですが、、
そんな中、何が悲しいって、その愛おしい駄そばが全く食べれなくなったことでした(そこかい!)、新たな生活環境の中には、駄そばは無論、まともな日本蕎麦屋さんすらもなかったのです。。
『‥仕方ない、ないなら作るか』
そんな発想の転換で、干しそばや茹でそばを片っ端から手に入れ、色々試しながら作っては日々食べまくりました。そしてようやく自分のお気に入りのスタイルが確立されたのが2年ほど前でしょうか、今ではヘタな立ち食いそば屋さんに負けない自信があります。

そんな私の愛おしい駄そば、数ある駄そばメニューの中でも、如何にも駄そばらしいメニューというものがあります、それらを以下にご紹介します。

駄そばらしい駄そばといえは、やはりコロッケそばが一番でしょう。
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続いて、から揚げそば、、
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コロッケそば、から揚げそばに続く、三大駄そばのシンガリは、このメンチカツそばでしょうか。
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おまけで一つ、強烈な個性を臨むのならハンバーグそばも割とイケます。
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流行り病のせいで外出にも気を遣う日々、この大晦日は駄そばで年越しそばなんて如何でしょうか。
家庭的ですし、忘れていた何かを思い出させてくれるかもしれません。

なにより皆さんが美味しい年越しそばで心穏やかに年を越し、
来る2022年が良い年になりますように!

来年もよろしくお願いいたします!(=゚ω゚)ノ

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大多喜無敵探検隊 佐奈田隊長 回顧録-since197X はじめに(in note) [大多喜無敵探検隊-since197Xの紹介]

 私は趣味で、房総半島の夷隅郡市の昔話伝承サイト「房総レジェンド」というサイトを運営しているのですが、そのスピンアウトコンテンツという形で、私自身が小学生だった頃に過ごした、千葉県の房総丘陵の町「大多喜町」を舞台にしたお話を「児童文学」調でnoteにて公開しています。さしずめ、昭和のあの頃に少年だった、そんな「大人のための児童文学」といったところでしょうか。文字にすると中々カッコイイものですが、実力が伴わず、我ながら稚拙な文章やヘタすぎる挿絵が毎度気にかかってはおります(汗)。
この一連の物語は、時代的には1970年代、昭和50年代です。そのころの遊びや世相、房総の自然、そして地域に伝わる昔ばなしや当時語られたお化けや幽霊の話などを中心に、さらにこの先は、あの頃の私がよく空想していた宇宙や地底世界、謎の人物なども交えて、それなりに短編的に紹介できたらと思ってます。
また、大体のお話は、主に私自身が小学校4~5年生の頃の時代を中心に考えておりますが、時にはその前後、低学年や高学年での年代設定でもやっていったら面白いかもしれません。
雰囲気的にはその昔に流行ったRPGゲーム「ぼくのなつやすみ」の南房総版、もしくは下品な20世紀少年、ちびまる子ちゃんの男の子版、田舎小学生版の「まことちゃん」‥といったところです。
今年の6月から書き始め、現在では12の更新、8つのエピソードがUP出来ました。
今後はこのblogでも、そのnoteで書いたエピソードの紹介をしていけたらと思います。

大多喜無敵探検隊 佐奈田隊長 回顧録-since197X はじめに
https://note.com/sanadado/n/n2d57f85685c9

大多喜無敵探検隊 佐奈田隊長 回顧録-since197X(TOPページ)
https://note.com/sanadado

以下は主人公(?)の紹介、ようは…あの頃の私です。イラストは全て上記RLのnoteから引用しています。
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おもな登場人物はこの三人、左からヒロツン、私、ユーイチ、まぁ私以外は架空の人物ですが。。
ヒロツンもユーイチも、実は私が大人になってから出会った友達ですが、この際一緒に私の少年時代に登場してもらうことにしました。
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昭和後期の千葉県夷隅郡大多喜町のMAP、地域情報が我ながらマニアックなため、各ストーリーごとに解説を入れてあります。その他文中にも昭和50年代ならではの補足情報を付け加えました。
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大多喜町のような田舎町は、日本全国を探せば本当に幾らでもあると思いますが、そんな「よくある田舎町」のひとつでも、私にとっては子供の頃の想い出がたくさん詰まったかけがえのない町です。
その大多喜町も、時代の流れのせいか、だんだんと変わってきました。故にあの頃の記憶を少しでも後世に残していけたらいいな、と考えたことも、この物語を記していこうと思ったきっかけです。
まぁ所詮素人なので、冒頭に書いたように、稚拙な文や挿絵がお恥ずかしい限りですが、どうか笑って眺めてやってください。

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